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田中委員長職員訓示(福島第一原子力事故から4年にあたって)

2015年3月11日
原子力規制委員会委員長 田中俊一

2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所の事故から今日で4年が経ちました。この4年間、福島に暮らしている方は何を思ってお過ごしになったでしょうか。本日は、長い避難生活を余儀なくされている方々の生活に思いを馳せ、原子力事故を二度と起こさないという自覚を新たにする一日にして頂きたく、皆さんにお集まり頂きました。

福島第一の廃炉作業も4年を迎え、4号機の使用済み燃料の取り出しが終了し、ALPS等による汚染水処理も進み、長い間の懸案事項であった海側トレンチの高濃度汚染水の処理もほぼ目処が立つなど、紆余曲折しながらも廃止措置の歩みは着実に進んでいます。しかし、その一方では、大変残念なことですが、度重なる労災事故、汚染水を巡る様々なトラブル、放射性ガレキ問題、最近のK排水溝からの汚染した雨水の排出など、この一年も少なからぬ事故やトラブルが起こり、その度に、福島県民に不安と憤りを与えているという事実も直視する必要があります。

福島第一は、廃止措置が少しずつ進んでいるとは云え、様々な事故やトラブルの原因となるリスクがまだまだ数多く残っています。従って、廃止措置を速やかに進めることだけではなく、それに伴う事故やトラブルをできるだけ防止するため、関係者が最善の取組をする必要があります。同時に、内在する様々なリスクを把握し、大きなリスクを顕在化させないという戦略的な取組と進捗状況を正直に福島県民に伝えることも極めて大切なことです。

このような思いから、先日、原子力規制委員会として福島第一のリスク低減マップを作成しました。このマップは今後5年程度を俯瞰して、何が課題で何を優先しなければならないかを示したものです。東京電力には、このマップを参考にして、福島第一のリスク低減に向けた取組を引き続き強く求めて行きたいと思います。合わせて、福島第一が一体今どうなっているのか、今後はどうなるのかといった福島県民の不安を解消するための一助となればと願っています。

先日、全村避難をしている飯館村の村長から、お手紙とともに、役場の職員に向けた年頭所感をいただきました。今の被災地の皆さんの心を理解するためには、全てを紹介したいところですが、長い所感ですので、その中のほんの一部だけご紹介します。

「もう100点の答えはない。ベストの答えはありえない。したがって、より高いベターの答えに向かって皆で努力しあい、知恵を出し合い、時には我慢しあって復興に向けていくしかないということです。そこには、ベストでない決断をしたり、責任を負ったりしていかなければならないという使命というものがあるのだろうと思います。」

私はこの年頭所感を拝読し、被災地の方々が、より現実的に状況を捉え、自分たちの未来を前向きに考えようとしているということに強く胸を打たれました。怒り、憎しみ、苦悩、我慢、あきらめ。いろいろな感情がこの4年間に入り混じってあふれてきたことでしょう。それでも村長として、なんとか住民が心の幸福を取り戻すことができるよう、必死に努力している姿と飯舘村のおだやかな風景が目に浮かびました。そして、福島第一の事故を契機に生まれた組織で働く人間として、私たちはこのような方々に対して何ができるのかを、考え続ける責任があるのだと再認識しました。

原子力に対する考え方、受け止め方はいろいろあります。しかし、それとは別に、福島の方は、ふるさとの復興に向かって必死の努力をしているという事実に率直に向き合う必要があります。ふるさとの復興を先導できるのは、そこで生まれ育ち、生活を育んできた、ふるさとへの思いを強く持つ住民の方々で、外の者ができることには限りがあることは事実です。しかし、少しでも力になりたいという思いを持ち、努力することは大切なことだと思います。私が原子力規制委員会の委員長をお引き受けした原点もそこにあります。その意味で、福島第一の事故を住民の方々がどのように乗り越えようとしているのかを、私が架け橋となって伝えて行くことも私の責務であると考え、本日飯舘村の菅野村長の言葉を引用させて頂きました。

事故から4年が経過し、言葉とは裏腹に、普段の生活の中で福島県の実状を実感する機会は次第に遠ざかっているように感じます。東日本大震災は岩手、宮城、福島を中心に言葉を失うような悲惨な被害をもたらしました。その中で福島については、福島第一の事故が追い打ちをかけたという事実は決して拭い去ることはできません。原子力の規制行政に携わる者として、私たちはこの事実を片時も忘れてはならないのだと改めて申し上げたいと思います。

話は少し変わりますが、昨年は、我々原子力規制委員会・規制庁にとって挑戦の1年となりました。新規制基準に沿った審査が開始され、紙の上にしか存在していなかった新たな規制が生きた規制として、体現されました。今までにない取組で、事業者側はもちろんのこと、規制側も戸惑うことが多かったとは思いますが、事故を起こしてはならない、その一心で審査チームも頑張ってくれたと思います。

年頭の挨拶でも申し上げましたが、今年は節目の年となります。事故のリスクを見落とすことなく、どこまでもリスク低減へ向けた追求に貪欲になっていただきたいと思います。一度重大な事故が起こると、地元の方々の生活は一変してしまいます。私たちは科学の世界で生きていますが、一度事故を起こしてしまえば、科学の一言では収まりがつきません。様々な人の気持ちが幾重にもからみあって、生活を元に戻すことが難しくなります。このような事態を絶対に生んではいけないという意識が、原子力を規制する上での礎です。原子力の規制の責任は重いものです。事故から4年がたち、一部では事故の教訓を忘れつつある風潮もありますが、私たち規制の責任を担う者は、絶対に福島の教訓を風化させてはなりません。繰り返しますが、私たちが担う原子力の安全規制の使命は極めて重いものです。自分のやっていることが本当に正しいのか不安になった時には、立ち止まって福島の現状に思いを馳せ、自らの判断に確信をもって頂くようお願いします。

今日は、この後に、規制庁の職員を代表して小坂調整官に福島の事故とその後の体験を話してもらうようにお願いしました。組織が変わり、人事異動があり、また新規の職員が入ってくる中で、時の流れと共に、事故当時のことを体験した者が少なくなってきています。原子力事故とは何か、事故後に何が起きたかを生きた言葉から学ぶことで、原子力事故を防ぐことの意味を共有し、学ぶ機会にして頂きたいと思います。

今年は原子力規制にとって節目の年ですが、同時に規制委員会の組織にとっても節目の年になります。法律に規定する3年目見直しなどの組織の枠組みの話題が上ることでしょう。しかし、私たちの、規制委員会の理念は何があっても変わりません。それは、福島第一事故の教訓に学び、人と環境を守る原子力規制行政を貫くということです。私は皆さんとともにこの理念を堅持しつつ、新しい原子力規制の時代を切り拓いて行きたいと思います。

以上で、福島第一原発事故から4年を迎えての訓示とします。

(小坂安全規制調整官より挨拶)

こんにちは。原子力規制部安全規制管理官BWR担当の安全規制調整官を務めている小坂です。私は、平成16年7月に、当時勤めていたメーカーを辞め、保安院で働き始めました。東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きた平成23年3月11日のその日、私はもんじゅの保安検査で敦賀に出張していました。検査中に大きな地震を感じましたので、検査を中止して検査官と共に事務所に戻りました。ニュースで太平洋側に大きな地震と津波の被害があると聞き、すぐに太平洋側に立地している原子力発電所のことが思いを馳せました。心配が的中し、福島第一原子力発電所は外部電源が喪失し、非常用ディーゼル発電機も起動できないとのことでしたので、バッテリーの容量がある8時間のうちに電源をつなぎ込めることができるようにと祈りました。しかし、後で解ったことですが、バッテリーは津波で水没して既に使用できない状況にあったようです。

翌週から東電本店に政府・東電統合対策室が設置されることになり、私は平成23年の12月までそこで事故の対応にあたることになりました。私の主な仕事は、電源の復旧と、燃料プール及び原子炉の冷却でした。津波や水素爆発によって必要な設備がほとんど使用できないことが確認できましたので、関係者と検討してこの非常時であってもできる限り安定した設備を、現場に設置しようとすることにいたしました。当時は切羽詰まる状況で対策に当たっていましたが、後から考えれば、福島第一は津波から生じる事故への備えが足りていませんでした。これは、津波のリスクを過小評価した結果です。確かに、目の前にないリスクを想定して対策を講じさせることは、非常に難しいことです。しかし、「こんなことは起きないだろう」と高をくくってしまえば、それは大きな事故にもつながってしまうのです。福島第一事故を経験し、リスクを見極めるという、規制の責任の重さを改めて認識しました。

リスクを見極めるということは、その後の福島第一での仕事の中においても常に念頭に置きました。私は平成24年の6月から福島第一原子力規制事務所の所長として汚染水の処理やタンクからの汚染水の漏えい、そして4号機の使用済み燃料プールからの燃料の取り出し作業に対応しました。混乱が続く中でも、次に何が起こるのか、この対策は十分なのかと、常に気を配り、検査官と共に、毎日サイトを監視しました。それでも福島第一は次から次へとトラブルが起き、その度に福島の住民の皆様にご心配をおかけし、誠に申し訳ないと思っておりました。

所長を務めた後、福島の地域調整官になってからは、自治体主催の会議で説明する機会が多くなりました。住民の皆さんからの大変な様子を直接伺う機会もありました。将来の生活に不安を抱える方、子供さんの健康を心配されるお母さんのお気持ちを思うと表現のしようのない感情がこみ上げました。その中でも特に私が印象に残っているのは、地元自治体の首長さんのお話です。ご自身も仮設住宅にお住まいの方で、冬にお伺いした際に私から『寒い冬に仮設住宅に住んでいて大変でしょう』という話をしたところ、その方はこのようなお答えをされました。『自分の住んでいた家はとても広くて、暖房をつけてもすぐには暖まらないけれども、今の仮設住宅は狭いからすぐに暖房がきいて暖かくなるんだ』と事故によって辛い生活を強いられている中でも、これほど前向きに物事を捉えられている方の心の強靭さを痛感したと同時に、悲惨な状況の中、明るく前向きに振る舞わせてしまっている現状に申し訳なさを感じました。また、どんなことがあっても、二度とこのような悲しい事故を起こしてはならないと決意を固めた瞬間でもありました。

福島第一の事故によって今なお多くの方が避難を余儀なくされています。この事故によって、自分の意思とは関わりなく、人生を変えられてしまい、また、貴重な時間を自らの時間として使えなくなった多くの方がおられます。私たちはこのことを決して忘れること無く、事故を未然に防ぐよう、全力を尽くしていかなければなりません。そのために必要なことは、やはり、どこにリスクがあるかを見極め、そのリスクが最小限になっているか、どのようにすれば更にリスクを減らすことができるかを、常に問いかけながら日々の業務に向かうことです。福島第一の事故は、現行の対策に慢心してしまい、思考が停止してしまったことが大きな原因です。前例踏襲ではなく、新しい知見を反映させ、さらにどんなリスクが残っているのか問い続けていく。この繰り返しが事故のリスクを見極めるプロフェッショナルとしてのセンスにつながっていくものと信じています。原子力規制委員会は良い意味で普通の役所とは違うと思います。その良さを活かして、原子力規制という責任を全うできる個人と組織になれるよう皆さんと一緒に努力していきたいと思います。

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